クシシュトフ・キェシロフスキのオールタイムベスト

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全5項目

●代表作

トリコロール」三部作、
「愛に関する短いフィルム」
「殺人に関する短いフィルム」
TVドラマ「デカローグ」
 
TVドラマ制作、映画監督、脚本家、俳優等で活躍したクシシュトフ・キェシロフスキが影響を受けた・好きだった映画。

「タイム・アウト誌(Time Out)」「映画監督が選ぶオールタイムベスト 1995(Time Out: Director's Choice 1995)」より10本

道 フェデリコ・フェリーニロードムービー、恋愛、サーカス。ジュリエッタ・マシーナ
ケス ケン・ローチ…青春、少年たち・学校、鳥
抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より ロベール・ブレッソン…別題「抵抗 死刑囚は逃げた、あるいは風は己の望む所に吹く」。戦争、捕虜収容所、脱走
大人は判ってくれない フランソワ・トリュフォー…青春、少年、犯罪
市民ケーン オーソン・ウェルズ/ロバート・ワイズ…ミステリー、新聞記者、風刺
キッド チャールズ・チャップリン…子供、父子、アクション
僕の村は戦場だった アンドレイ・タルコフスキー…少年、戦争、復讐
ミュージシャン(音楽家たち) カジミェシュ・カラバシュ…音楽、ドキュメンタリー。「Muzykanci」。カジミェシュ・カラバシュ(カジミエシュ・カラバーシュ/カジミェシ・カラバシ/Kazimierz Karabasz)は映画学校時代の師
乳母車(Barnvagnen)  ボー・ヴィーデルベリ(ボー・ヴィーデルベルイ/ボー・ヴィデルベルイ)…ドラマ、青春、音楽、恋
親密な灯り(親しみのある灯) アイヴァン・パッサー…ドラマ、家族、音楽。「Intimní osvětlení/Intimate Lighting」
 
※アイヴァン・パッサー(アイヴァン・パサー/イヴァン・パッセル/イヴァン・パセル/イヴァン・パッサー)
 
・尊敬する監督
イングマール・ベルイマン
 
・俳優
チャールズ・チャップリン
 
・女優3名
イングリッド・バーグマン
ジュリエッタ・マシーナ

「sight&sound」「映画監督が選ぶオールタイム・ベスト(1992 Sight and Sound Poll The Directors' Top Ten Movie Choices)」より10本

市民ケーン オーソン・ウェルズ他
キッド チャールズ・チャップリン
ケス ケン・ローチ
道 フェデリコ・フェリーニ
長距離ランナーの孤独 トニー・リチャードソン
抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より ロベール・ブレッソン
乳母車 ボー・ヴィーデルベリ(ボー・ヴィーデルベルイ/ボー・ヴィデルベルイ)
親密な灯り(親しみのある灯) アイヴァン・パッサー
ミュージシャン(音楽家たち) カジミエシュ・カラバーシュ
僕の村は戦場だった アンドレイ・タルコフスキー

●著作「キェシロフスキの世界」より6本+6監督

・ライター(着火装置)が持つ意味を変えた監督たち
ケス ケン・ローチ『誘われたらコーヒーでも入れてあげたくなるような監督』としても名を挙げる
道 フェデリコ・フェリーニ…上に同じ。再見しても失望しない作品として
市民ケーン オーソン・ウェルズ他…〃
道化師の夜 イングマール・ベルイマ…この作品だけは初見時に感激したものの再見時はピンと来なかったそうです。が、その後はいくつか美しい映画を撮る存在だそうです
アンドレイ・タルコフスキー
 
・その他
花咲ける騎士道 クリスチャン・ジャック…最初に見た映画として
戦艦ポチョムキン セルゲイ・エイゼンシュテイン…映画学校(ウッチ映画大学)で見た一本
アンジェイ・ワイダ…の下で映画製作者協会副会長を務めたそうです
ベラ・バラージュ(バラージュ・ベーラ)…のスタジオを手本にしたそうです
イェジー・スコリモフスキ…キェシロフスキが入学した年に卒業したウッチ出身者として
クシシュトフ・ザヌーシ…〃二年生の頃に卒業。彼はキェシロフスキ「アマチュアにも出演
アグニェシカ・ホラント(アニエスカ・ホランド)…交流を深めた一人。ホランドトリコロール 青の愛」等の共同脚本も
 
※キェシロフスキは当時のポーランド映画における政治的な厳しい検閲、映画を守ろうとする協会でさえ政治の延長に過ぎなかったこと、副会長時代に仲間たちを守るべく戦い苦い経験を味わったことなど色々語っていました
 
ふたりのベロニカに対するアメリカの観客の反応に対し、“家に帰る”ことに対するアメリカ人とヨーロッパ人の価値観の違いについてもキェシロフスキなりに言及
 
・本2冊+4作家
オデュッセイア ホメーロス(ホメロス)
カテドラルでの対話(ラ・カテドラルでの対話) バルガス・リョサ(バルガス=リョサ)
ウィリアム・シェークスピア(ウィリアム・シェイクスピア)
フョードル・ドストエフスキー
フランツ・カフカ
ウィリアム・フォークナー
 
ポーランド映画批評家について。
キェシロフスキは社会主義時代(1945~1989年)のポーランドにおける政治的かつ理不尽な検閲を経験。
それを踏まえた上で、フランスとポーランドの批評家の違いについてこんなことを述べていました。
以下は同書「キェシロフスキの世界」からの抜粋。
 
『フランスの映画批評家は、好きだと言うことを好む。これはきわめて重要だ。
一部の観客層は、こうした批評に左右されるからだ。観客は批評家の好む映画を見たがる。
しかし、批評家をフランス型と非フランス型に分けるつもりはない。本当のことを言うと、私はフランスの批評を読まない。フランス語がわからないからだ。
ときどき、批評の一部を翻訳してくれる人がいるので知っているが、フランスの批評家の意図するところはよい。
そういう批評家は、映画の成功のカギを自分たちが握っていると信じている。
 
ポーランドの批評家は批評を書く前から、映画がまるで意味がないと知っているのだ。
昔は「トリブナ・ルドゥ(ポーランドの統一労働者党機関紙)」が褒めれば、それは見るに値しない映画、「トリブナ・ルドゥ」がけなしたら、それは見る価値がある映画だと観客はわきまえていた。
つまり、批評はまさに正反対の効果を挙げたわけだ。
観客や読者は書かれたものをいっさい信用しなかったし、批評家は、自分たちが書く批評が将来、映画を見に行って観客となる読者に何の影響も与えないと知っていた。
ポーランドの批評家が、批評を書きながら、自分の批評が無価値だと思うようになった状況を作り出した原因はここにある。
おまけに、批評家は嘘をつき、自分の思ったことを書かず、誰かさんに言われたことをオウム返しに繰り返した。
だから、批評家が信用の置けない人間になったのも当然のことだった。
こちらが決まったやり方で何かをすれば、批評家はこちらの意図するところを汲んでくれるだろうから、批評家の望みどおりにしてやるような戦略を持っていない』

・付記(訳者あとがきに掲載されたインタビューの再録)2本+1監督

※1991年10月15日、キネマ旬報及びフィガロジャポン」に掲載されたインタビューの一部を抜粋したもの
存在の耐えられない軽さ フィリップ・カウフマン「青の愛」に出演したジュリエット・ビノシュを見た作品として
ポンヌフの恋人 レオス・カラックス…上に同じ
チャールズ・チャップリン

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