メモ:映画の流血描写の変遷

映画の流血描写の変遷
 
ジョルジュ・メリエス「月世界旅行」は流血とは違うものの、弾丸のようなロケットがめり込み顔面がドロドロに歪み白い体液が流れる。
エリザベス・ティエリエ(Élisabeth Thuillier)&ベルト・ティエリエ(Berthe Thuillier)たちが中心となって行われた着色カラー版は明らかに血の赤を想起させる
ジョン・フォード「深紅の血汐」は窓ガラス越しに撃ちまくり血しぶきの代わりに刻まれまくる弾痕
フリッツ・ラング「ニーベルンゲン」「ジークフリート」の怪物の目玉を突き刺し、刺された傷口から流れ出る血(人間のように赤くはない)
 
殴られる彼奴 ヴィクトル・シェストレム
暗示。拳の中で血がにじんだように潰れる心臓を模した縫い付け
 
「戦艦ポチョムキン」は撃たれた後に顔にひろがる血
 
二川文太郎「逆流」は画面外で人を刺し刃にベットリついた血
 
「アンダルシアの犬」は剃刀で斬られた瞬間の流血
 
ジャン・コクトー「詩人の血」は引き金を引いた後に流れ出る血
 
伊藤大輔「続大岡政談 魔像 解決篇」は障子に飛び散る血痕
 
ヘイズ・コードが施行されてからのハワード・ホークス「暗黒街の顔役」は暗示描写に富むが中でもマシンガンで撃たれたビール樽から酒がピューっと吹き出る。
後の内田吐夢「血槍富士」は酒樽と槍刺殺の流血が合わさる。
ホークス映画は「赤い河」の手を撃ち抜かれる痛々しさ、「リオ・ブラボー」の垂れ落ちる血と被弾した証として印象的に使われる。
「赤い河」における水辺の格闘・水中に振り下ろされるナイフ・びしょ濡れの全身も返り血の暗示だったのだろうか。
 
ウィリアム・A・ウェルマン「民衆の敵」は撃たれた人間が衝撃で身を崩し画面が切り替わった後に血まみれ。
この描写はヘイズコード末期のアーサー・ペン「逃亡地帯」、コード終了後も諸作品で演出として機能する。
ゴダール「気狂いピエロ」のペンキのように赤い血もこの系譜か
 
ルイス・マイルストン「西部戦線異状なし」は流血ではないが爆風で吹き飛ばされ腕だけが有刺鉄線に引っかかる
 
「風と共に去りぬ」「ヴェラクルス」等は頭に弾丸が撃ち込まれたことを示す眉間の血が一瞬映る
 
アンジェイ・ワイダ「灰とダイヤモンド」は着弾の際の発火が血のように吹き出る
 
ジョン・フランケンハイマー「影なき狙撃者」は飛び散る血のみカットを割ってこびりつく。
他にも殺し屋の銃撃で牛乳が血のように噴出
 
「リバティ・バランスを射った男」は吊るされた水鉢が銃撃で破裂し更に腕で庇ったところから血がドクドク流れ出る
 
黒澤明「用心棒」「椿三十郎」で斬られた瞬間に溢れ出る流血。「用心棒」では敵だけ流血に染める剣客の凄まじさ、対照的に密室で殺し合い返り血にまみれた状態で出てくる老人の対比も強烈。
今作をキッカケに小林正樹「切腹」、内田吐夢「宮本武蔵 般若坂の決斗」、工藤栄一「十三人の刺客」「大殺陣」、山内鉄也「忍者狩り」、岡本喜八「大菩薩峠」と人を斬った・刺した瞬間に血が出る時代劇は確立されていく
 
そしてアーサー・ペン「俺たちに明日はない(ボニー&クライド)」、ペキンパー「ワイルドバンチ」等が今までの総決算とも言うべき血・血・血の洪水でヘイズ・コードの終焉と新しい時代のはじまりを宣言する。
いや、フォード「荒野の決闘」を経て黒澤「七人の侍」等における水柱が着弾と共に噴き出る色鮮やかな出血を予告していたのかも知れない。