火宅
「鬼」「道成寺」「不射之射」と傑作の多い喜八郎ですが個人的に一番惹かれた作品はコレ。
能の「求塚」を題材に人形、草、火、水、そして光と影が生物のように蠢めいていく。
ナレーション、霧の中の道を歩く旅人の脚、ふと編笠をあげて横を見ると、若い娘たちが談笑しながら農作業に精を出す。一本一本ものを取り、仕事仲間に微笑むような素振り。一樹木といった風景は素朴な絵柄で描かれる。
セリフもナレーションによって語られる。
霧の濃い薄野原、ふと振り向くとその奥から現れる謎の女。光の無い眼、不気味な黒髪がたわみ、男は薄をかきわける脚と彼女に吸い込まれるように誘われる。
項垂れた冷たき表情から、精気に満ちた過去を女は「告白」し始める。
籠の中で跳ねる鳥、木の下で眼を閉じ想いを馳せる者、馬に乗り木の枝を首元に差し込みながら想う者、桜の木々を飛び回る鶯。迫り来る男たちの表情・視線、それに軽く挨拶をし流すように去っていく。恐ろしいが故に流してしまう。
口を開けたまま何を祈っているのか、両手で顔を覆い悩み、蝋燭の火が文を焼き尽くし、火の玉となってぶつかり合う男心、その間で揺れる乙女心。
吹き荒ぶ風、女を賭けた狩り、射抜かれるものから流れ出る鮮血が川を流れ、恐怖と哀しみが黒い影となって女の顔を覆う。
霧の中へ揺れ消えていく羽衣、闇夜の塚の前で抱き合う憎しみを超えた者たち、互いに抜き放ち、接近し、空間を真紅に染め上げる。
祈る者に近づく火の玉、火の玉は白い化身となって接近する。漆黒の空間で輝く白装束、華、鮮血に染まった男たち、火の鳥は黒くなり、ついばみ血まみれにし何もかも焼き尽くす。
断崖に押し寄せる波、投げ出される命、海の底にまで拡がる火炎地獄。
強すぎる愛が、暴走する火炎となって愛した者に襲い掛かる哀しさといったらない。
白く美しい乙女は、最後まで両手を合わせて祈りながら去っていく。まるで相談を聞いてくれた旅人に礼を言うように…まばゆい夜明け、赤く染まる大地。
その他作品は「川本喜八郎作品集」がオススメです。