「定本・ヒッチコック映画術・トリュフォー」-映画のような面白い本

近々この本を基にケント・ジョーンズ監督がドキュメンタリーとして映像化したヒッチコック/トリュフォーが公開されるそうなので、本著の感想みたいなものを。
 
映画の教科書なんてお堅い表現がされていますが、これはヒッチコックの映画が純然たる娯楽映画だったように、この本も映画の様に楽しめるものなのです。
この本の前に書かれたエリック・ロメールクロード・シャブロルによるヒッチコックも素晴らしい本でしたが、トリュフォーは二人の本のことについても触れながらより深く追求していきます。

「間違えられた男」まで論じたヒッチコック

トリュフォーによる「映画術」はインタビュー当時の最新作「引き裂かれたカーテン」(「トパーズ」「フレンジー 」「ファミリー・プロット」については序文やあとがきで)まで触れ、ヒッチコックが作品名を出せばトリュフォーがその一場面一場面をすかさず答える。

ページ数は400ページ近くあり一見分厚く感じますが、あらすじ、豊富な画像、注釈も入れて本の分厚さを感じさせない分かりやすさが詰まっています。

ヒッチコックは観客の「見たい」ものこそ最も大切なことだと語り、批評家好みの“理由”といった“らしさ”には興味がないと続けます。

映画の登場人物たちを突き動かすマクガフィンとは何か、どんなに優れたテーマでもそれを伝える技術や演出が優れていなければならないということ、観客に感情を伝えるエモーション、散りばめられるユーモアの重要さ、恐怖を的確に伝える独特のリズム、女優への執着、幼年期の原体験、魅力的な敵役の存在、心理的トリック、観客の心に突き刺さるサスペンス、完璧すぎるのはかえってダメだということ、挑戦し続けることの大切さ等々。

トリュフォーがお気に入りだった「汚名」より
 
この本を見てからヒッチコックの諸作品を見るのも良いですし、映画を見てから読むのも良い。どちらにせよ、ありとあらゆる娯楽をもっと楽しめるようなる最高の本です。
 
この本は批評家から出発し映画監督を経験した者だからこそ、映画を浴びるほど見まくり心から愛している映画人だからこそ書ける素晴らしいものです。
そんじょそこらのクソ評論家どもが書いた退屈な本とはワケが違います。

せいぜいトリュフォーヒッチコックの本質を理解し愛していた淀川長治さん、本作の翻訳と編集を手掛けた山田宏一さん辺りがどうにか対抗できるくらいでしょうか。
 
ところで、本著を読んだ一人にフィルム・ノワールのジャンルで傑作を撮りまくったジャン=ピエール・メルヴィルがいました。メルヴィルもまたヒッチコック映画を初めとするアメリカ映画の大ファンでした。
彼は「サムライ-ジャン=ピエール・メルヴィルの映画人生」の中でこの本についてこう述べています。
「他人よりも上手に作れる料理のレシピを教えるわけがない」と。仮にヒッチコックの本音じゃなかったとしても、この本の影響力は絶大です。

それは、ヒッチコックそして映画そのものの本質を理解していたトリュフォー、この本には出てきませんがヒッチコック作品に親しんできた宮崎駿スティーヴン・スピルバーグロバート・ゼメキス宮本茂黒澤明神山健治三谷幸喜小島秀夫デヴィッド・フィンチャーブライアン・シンガーブライアン・デ・パルマといった様々な作家の成功がそれを証明しているのでしょう。

ケント・ジョーンズ編集ヒッチコック/トリュフォー
 
今度公開されるヒッチコック/トリュフォーフィンチャーをはじめピーター・ボグダノヴィッチリチャード・リンクレイターポール・シュレイダーといった面々のインタビューも収録されているそうです。