赤狩り(レッドパージ)の悲劇②

●密告したことで「裏切者」になってしまった人々4名

大砂塵」
第二次大戦時は諜報機関パルチザンのゲリラ活動の支援を行う任務に就く。
赤狩り時代は諜報員時代に多くの共産主義関係者と交流していた彼も標的にされてしまう。
赤狩りの運動の講習会で証言を強要され、映画俳優に戻りたいという欲望に負け、密告を選択。友人を自殺に追い詰めてしまったという罪の意識に苛まれ続けることになります。
その後トランボ、ヤングといった赤狩りに苦しんでいたスタッフが多く参加した西部劇「テキサスの死闘」、「大砂塵」等に参加。スタンリー・キューブリック現金に体を張れの裏切者、アスファルト・ジャングル等。

ジェローム・ロビンス
バレエ・ダンス等の振付師、同性愛者(ゲイ)。
当時は同性愛者に対する風当たりも強く、苦渋の末に密告してしまう。
その後アメリカの社会問題に踏み込むブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」、映画ウエスト・サイド物語の共同監督を手掛ける。

クリフォード・オデッツ
「成功の甘き香り」
戦前からカザン等と共に演劇で活躍していた劇作家。
映画製作にも「暁の死線(タイムリミット25時)」にコーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)、ハロルド・クラーマン、ハンス・アイスラーらと共に挑戦。
赤狩り時代は追いつめられ密告することを選ぶ。
転向後はあまり目立った作品を残していませんでしたが、赤狩りに反抗的だった俳優バート・ランカスターが自身のプロダクションでオデッツの作品を採用。
アレクサンダー・マッケンドリックによる近親相姦的暗示とマスコミの腐敗を扱った「成功の甘き香り」の脚本に繋がります。

戦前から演劇や映画スタッフとして活躍。
シドニー・メイヤー、ベン・マドウ等が参加した土地開発問題を描くドキュメンタリーカンバーランドの人々(People of the Cumberland)にもスタッフの一人として参加。
戦後は映画監督としてジョン・ガーフィールドも参加し人種差別問題を扱った「紳士協定」等で活躍。
赤狩り時代にカザンも標的にされ、仲間を守り己を貫くか、それとも作品で訴え続けるために映画人として保身を取るか…カザンはオデッツと共に密告することを選択。
かつてジョン・ガーフィールドがスクリーンで披露した演技を受け継いでいたマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンがカザン作品でも披露していくことになります。
その後カザンは仲間を売ったことを生涯恥じる…と思いきや「波止場」は密告行為を正当化しているのではないか、自伝でも自らの行為を(最早開き直って)正当化するような著述が目立ち賛否を呼んでいます。
特にかつての友人等に対する扱いの酷さは読後「非難も止む無しでは?」と思ってしまうほど。

赤狩りの対象にはならず、尚も反撥を示した監督・俳優たち23名

ジョン・フォード
当時赤狩り運動のトップにいたセシル・B・デミルと真っ向から対立した映画監督。
愛国者でもあった彼は、太平洋戦争中は実際に戦地へ赴き日本軍との戦闘を記録したドキュメンタリーの製作にも参加。
しかしながら赤狩りによる多数派が少数の人々を吊るし上げるリンチ的状況をフォードは気に入らなかったのです。
手掛けた作品には反権力や裁判を題材にした社会派の映画も多い。
戦前から密告「男の敵」、黒人の冤罪事件と選挙権「太陽は光り輝く」、労働者の苦痛怒りの葡萄、戦後も厭戦コレヒドール戦記」
西部劇においてもアパッチやコマンチといった先住諸部族との衝突を多く描いてきたフォード。駅馬車の純粋な敵として描かれてきた描写も、「騎兵隊三部作」を経て徐々に変化。
特にバリバリのタカ派だったジョン・ウェインに人種的偏見に凝り固まったレイシストを演じさせた「捜索者」西部劇の終焉と新たな時代の到来・自己犠牲を貫き敗者として去っていく「リバティ・バランスを射った男」人種差別の弊害を突き詰めた「馬上の二人」へ至る。
当時全米監督協会の会長も務めたリベラル派。
ナチス・ドイツユダヤ人に対する迫害から逃れてきたフリッツ・ラングの渡米第一作「激怒」の製作も手伝う。
フォード怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき、マンキーウィッツイヴの総てと挑戦的な作品を発表し続けたプロデューサー。

自作に赤狩りで追われた脚本家を多く参加させた社会派。

「ボディ・スナッチャー等で暗に赤狩りに反撥を示したリベラル派。
ヘイズ・コード下でもスターリング・シリファントと組んだ強烈な暴力描写「殺人捜査線」等で暴力の恐ろしさを描き続ける。
ヘイズ・コード終焉以降はクリント・イーストウッドと組みダーティハリー等を監督。

「オックス・ボウ・インシデント(牛泥棒)」
戦前から多くの問題作を撮った過激派。
ヘイズ・コード(プロダクション・コード)成立以前には異人種間の恋愛と逃亡劇「人生の乞食」反戦「つばさ」コード以降は疑心暗鬼による集団ヒステリー・リンチの異常性を描いた裁判・法律問題を扱った西部劇「オックス・ボウ・インシデント(牛泥棒)」、ギャング民衆の敵第一次世界大戦後の混乱飢ゆるアメリカ家なき少年群等。

マッカーシズムへの批判を込めた西部劇「逮捕命令」発表。
フリッツ・ラング
死刑制度に対する是非「条理ある疑いの彼方へ」フィルム・ノワールを多数手掛ける。
ニコラス・レイ
赤狩りを暗に揶揄した「大砂塵」を発表、フィルム・ノワール多数。

ノワールを数多く手掛け、その要素を西部劇に持ち込み1950年代ハリウッドを支えた監督の一人。
赤狩りに苦しめられていた作家を起用し続けたフィリップ・ヨーダンを介しベン・マドウ等と組む

マーク・ヘリンジャー
ダッシン「真昼の暴動」「裸の町」の制作を手助けしたプロデューサー、コラムニスト。

ジョセフ・H・ルイス
変名を使ったトランボと組み多数のノワールや西部劇を発表。

「片目のジャック」
人種差別問題に真っ向から異を唱えた俳優の一人。
カザン作品で頭角を現すも、彼と決別した後は西部劇を否定するような「片目のジャック」を監督。
ギャング映画コッポラゴッドファーザー等に出演。ハリウッドの差別的な描写に抗議するため受賞を拒否。

モーリス・キング
ルイス拳銃魔やラパー「黒い牡牛」といったトランボ参加作品の制作。

フランク・キング
モーリスの弟でモーリスとともにトランボ参加作品を手掛ける。

シドニー・メイヤーズ
ドキュメンタリーを得意とした監督。
初期はヘレン・グレイ&ラリー・マディソンによるヨーロッパから逃れた人々「カミントン物語(The Cummington Story)」に参加。
代表作に人種差別問題「口数の少ない奴(The Quiet One)」等。

マンキーウィッツたちと共に真っ向から赤狩りに立ち向かった監督の一人。
戦後に傷痍軍人たちを描いた「我等の生涯の最良の日」、キャプラ、トランボたちの意志を引き継いだローマの休日等。

ジョージ・スティーヴンス
赤狩りに立ち向かった監督の一人。

日系人への差別問題を描く「日本人の勲章」を監督。

「ヴェラクルス」
ホークスとワイルダーが組んだ教授と美女等に出演していた俳優。
元々は保守派でしたが、その後フレッド・ジンネマン「真昼の決闘」で仕事を共にした脚本家カール・フォアマンたちを庇う側になっていきます。
本作を皮切りにアルドリッチ「ヴェラクルス」、ロバート・ロッセン「コルドラへの道」、デルマー・デイヴィス「縛り木の木」、アンソニー・マン西部の人赤狩りに反抗的・苦しめられた監督たちと組んでいく。
「真昼の決闘」「乱暴者」の監督を務めるはずだったジョセフ・ロージー、脚本(初期草案)ベン・マドウを赤狩りの影響で失うもフレッド・ジンネマン&カール・フォアマンといった人材を確保しアンチ西部劇「真昼の決闘暴走族を題材にした「乱暴者」を制作。
後に監督としても挑発的な作品作りを続ける。
ニュールンベルグ裁判特に「手錠のまゝの脱獄」はネドリック・ヤングを脚本家に起用。

ラズロ・ベネディク
セールスマンの死「乱暴者」等の監督。

フレッド・ジンネマン
「真昼の決闘」等を監督した社会派。

マッカーシズムへの反対運動に参加した12名

「ヨーク軍曹」等の脚本、「マルタの鷹」「黄金」等の監督。

ヒューストンと共に「忠誠の誓い」に反対の意思を示した監督。
「孤独な場所で」
ヒューストンをはじめウィリアム・ワイラー、ニコラス・レイ等の作品に出演した俳優・自由主義者「シナトラ一家」にも参加。
特に「孤独な場所で」赤狩り時代の人間不信と異端者排除の闇が刻まれた作品でもあります。
ホークス「脱出」「三つ数えろを経てボガートと結婚、ヒューストン「キー・ラーゴ」でも共演。

キューブリックによる戦争映画「突撃」スパルタカス、リンチを扱ったウォルシュ「死の砂塵」等に出演。
ユダヤ人として人種差別問題にも敏感で、殺人が引き起こされるジョン・スタージェス「ガンヒルの決斗」で復讐と法の間で揺れる保安官を演じる。

バート・ランカスタープロでアルドリッチを起用し「ヴェラクルス」「アパッチ」、他ジンネマン地上より永遠に等に出演。

ローマの休日、人種差別問題アラバマ物語、ヘンリー・キングのアンチ西部劇「ガンファイター(拳銃王)」等に出演。

赤ちゃん教育アフリカの女王等に出演した女優。

人種差別が根強かった当時、自身が結成したグループ「シナトラ一家」にアフリカ系のサミー・デイヴィスJr.を加入させた歌手。
自身もイタリア系出身のため差別されることに怒りを覚えていたそうです。

フォード怒りの葡萄「オックス・ボウ・インシデント」、ルメット十二人の怒れる男等に出演。
アフリカ系ミュージシャンを積極的に雇ったミュージシャン。

グレゴリー・ラ・カーヴァ「ステージ・ドア」等に出演。

●その他当時活躍したリベラル派5名

「戦ふ兵隊」
日本で赤狩りの対象にされた監督の一人。
戦時中は疲れ切った日本軍の現実を捉えた厭戦「戦ふ兵隊」等を撮り、戦後は被爆者に焦点をあてた「生きていてよかった」等。

時代劇や任侠映画の名手。赤狩りの対象にされた一人。

社会派を代表する監督の一人。

上に同じ。

「ユー・アー・ゼア」の影響を受けた一人である社会派。ボリス・カウフマン、レジナルド・ローズ、フォンダたちと組み十二人の怒れる男を監督。