正確に言えばB級的感覚で撮られた娯楽映画と言った方が正しいでしょう。
大金をかけて退屈な文芸映画を1本撮るよりも、少ない予算で幾つも面白い映画を撮る。
むしろ下手なA級よりもB級と呼ばれるジャンルの方が面白かったりしますし、それらの映画が後続のヒットメーカーたちを育てたバック・ボーンにもなっている。これだからB級を探求するのはやめられません。
ハリウッドにしても、本来は金よりもシナリオ、ストーリーテリング、ディティールで観客を魅了するのが主流でした。それが、何時の間にか金ばかりをかけ大切な何かを忘れようとしています。真に優れた映画とは、金をかけなくても撮れる面白い映画の事を言うのです。
そのフィルムに刻まれた人間の生き様、アクションの鮮やかさ、美術の見事さ…それこそ真に美しい。
シドニー・ルメットの本作や同じく低予算のエリア・カザン「波止場」で撮影を担当したボリス・カウフマンといった存在も忘れられません。
今は大作ばかり手掛けるジェームズ・キャメロンも、元々はB級映画の名手ロジャー・コーマンの直弟子であり、キャメロン自身もB級路線で己を鍛え上げ伸し上ってきた人物です。
少ない予算でいかに面白い映画を撮るか。
サイレントからトーキーに変わった1930年代は、フィルム・ノワールの源流やスクリューボール・コメディなどジャンルの幅が拡大した一つの転換期。
ジャンルの発展は、試行錯誤、玉石金剛、原石のような良作・傑作が転がる作品の量産が裏付けています。
例えば、1930年代。サイレント期から活躍しそれ以後も活躍した監督で言えば、このようなリストが出来ます。
ジョン・フォード
レオ・マッケリー
ラオール・ウォルシュ
ハワード・ホークス
フランク・キャプラ
トッド・ブラウニング
セシル・B・デミル
アラン・ドワン
マイケル・カーティス
ウィリアム・ワイラー等。
後年は大作を撮るようになるワイラーやデミルも、初期はB級路線で研鑽を重ねた作家たちです。
また、フランスを中心に活躍し1940年代にアメリカをはじめヨーロッパを渡り歩いたジャン・ルノワールもB級的感覚を持った監督と言えるでしょう。
トーキーからスタートさせた人間でも
ジョージ・キューカー
マックス・オフュルス
ジャック・ターナー(ジャック・トゥールヌール)
ヘンリー・ハサウェイ等。
それにドイツからアメリカに渡りプログラムピクチャーのジャンルで傑作を量産した作家たち
フリッツ・ラング
ジョセフ・H・ルイス
エドガー・G・ウルマー
フレッド・ジンネマン(初期はロバート・フラハティに師事してドキュメンタリーや短編を監督)といった面々。
アメリカに亡命した作家の中には、40年代から活躍し始める、
ビリー・ワイルダー(初期は脚本家として辣腕を振るう)
オットー・プレミンジャー
ロバート・シオドマク(出身はアメリカ・キャリアはドイツから)といった面々もいました。
日本では先述した黒澤明に加え、
マキノ省三及びマキノ正博(雅弘)
伊藤大輔
溝口健二
小津安二郎
成瀬巳喜男
山中貞雄
内田吐夢
清水宏
島津保次郎
五所平之助
中川信夫
伊丹万作といった面々がサンレント・トーキーの枠を超えて日本映画の黄金期を彩りました。
1940年代に戦時下で製作数が限られた時期も、中国の満州といった大陸で自由闊達な映画制作がされていた事にも注目。
ハリウッドが戦時下でも隆盛を極める中、日本やヨーロッパの作家ほど抑圧と言う“バネ”が解き放たれるのを待ちに待った人々はいません。特にサイレント映画の末期に衝撃的なデビューを果たしたルイス・ブニュエルのような人ほど。
祖国を追われたブニュエルが戦後、メキシコにおいてB級映画のジャンルで復活を果たし、賞賛された事ほど衝撃的な出来事はないでしょう。
1950年代は、ルイス・ブニュエルの復活と共にハリウッドや日本にも再び黄金期が訪れます。
ロバート・アルドリッチ
リチャード・フライシャー
ニコラス・レイ
サミュエル・フラー
ロジャー・コーマン。
そこに40年代から活躍を続けてきた
アンソニー・マン
ドン・シーゲル
ロバート・ワイズ
ジョン・スタージェス
エドワード・ドミトリク
バッド・ベティカー
ジョゼフ・ロージー。
上記の30年代以降も活躍を続けてきた古参を加えれば、物凄い層の厚さを感じられます。
彼らは赤狩りによる人材の流出、それまでのハリウッドを支えていたハリウッドのスタジオ・システムの崩壊・制作費の限られた中でも研鑽を続けた作家たちです。
日本でも、戦時下にデビューした監督が50年代を彩った時期でもあります。
黒澤明
本多猪四郎
市川崑
川島雄三
森一生
木下恵介
復活を果たしたマキノ雅弘といった戦前からのベテラン勢。
後続となる60年代には
ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーといったヌーヴェルヴァーグ
キン・フーをはじめとする香港の武侠・カンフー映画
日本の任侠・ヤクザ映画
日活ロマンポルノ
イタリアにおけるマカロニウエスタンブーム。
70年代にはアメリカン・ニューシネマ、ジョン・カーペンターのホラー映画、ジョージ・A・ロメロといったゾンビ映画ブーム、シルヴェスター・スタローン等々。
80年代にはTVドラマのジャンルでも活躍するデヴィッド・リンチや製作総指揮で辣腕を振るうゲイル・アン・ハードといった面々が今日でも語り継がれてきたように、B級映画なくして今の映画はありません。
90年代にはトニー・スコットやクエンティン・タランティーノ等々・・・!
大衆に支持された者もいれば、多くは評論家による事実の抹消にも等しい不当な評価によって忘れ去られてきました。
ですが、今の時代は批評家の断罪の犠牲にされる者や作品も少なくなり、ネットで情報も共有できる。とても良い時代になったものです。