失われた幻の傑作ベスト10+α

●概要

このページに載せたフィルムの多くは失われてしまっており、岸松雄や淀川長治双葉十三郎といった当時を知る映画関係者の証言を頼りにその伝説を知る事しか出来ない作品たちです。

しかし残されたスチールや断片フィルム、脚本を通してまるで小説を読むような感覚で作品を楽しむという事もできます。
今回はその中で最も気になった作品10本+αを紹介したいと思います。
 
いやー本当貴重なフィルムが発見される度に嬉しくなりますよ。
映画が公開された当時に生きていた人々にとっては旧友や恩師との再会とも言えますし、当時に生きていなかった我々にとってもその監督の新作を見るような感覚です。
失われたはずの映画は再発見され、修復され、その度に蘇っていく。いやオリジナルとはまた違う映画として再誕すると言うべきか。
その瞬間から現代進行形の映画として進化し続ける。

●失われた幻の傑作たち

忠次旅日記(完全版) 伊藤大輔

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戦前日本映画最高傑作と評された幻の作品。
その熱気は残された断片からも伝わってきます。
感想を殴り書いたページはコチラ→忠治旅日記にて。
国定忠治を従来の英雄像ではなく、組織・裏切り・仲間の死・そして破滅を背負った一人の人間として浮き彫りにしていく。「雄呂血」「浪人街」と共にリアルな時代劇を確立した革命的な作品だったとか。
野村芳亭監督の下で清水次郎長」「女と海賊」とシナリオを手掛け時代劇という言葉が誕生するキッカケを作ったのも伊藤大輔だったそうです。
全3部構成で、現存は第一部甲州殺陣篇」は1分、
第二部「信州血笑篇」と第三部「御用篇」を合わせた107分(1時間47分)現存。
版によって1時間14分、1時間34分のver.もあり(2020年7月18日)
また「忠次旅日記」の脚本をマキノ正博(雅弘)が譲り受けほとんど同じシナリオで「忠次活殺剱」を制作。最近フィルムの大部分が発見され、失われていた「忠次旅日記」の全貌を紐解く手掛かりとなっています。
作家では池波正太郎、映画監督では戦後の第二次黄金期を築いた小林正樹黒澤明市川崑マキノ正博新藤兼人内田吐夢加藤泰といった多くの映画人が今作をはじめとする作品群に熱狂。
その熱狂を味わえた者と味わえなかった者の差は、我々が考える以上に大きいのかもしれません。
失われたと思われたフィルムが再発見される度に、少しでもそのもどかしさを埋めていけるのでしょうか。
フィルムの発見が進んで以降は世代を超えて神村幸子といったアニメーター、大友啓史&谷垣健治るろうに剣心シリーズ等にもそのパワーが受け継がれ続けています。

新版大岡政談(完全版) 伊藤大輔


ヒルな怪剣士・丹下左膳を中心に複数の勢力が妖刀を奪い合う大活劇シリーズ。
「新版 大岡政談 後篇」1分の断片から滲み出る“移動大好き”と言われた伊藤大輔のカットの凄まじさ。
猛烈な速度で駆け抜ける片手で刃を振り回す男、髪を乱して何かを抱える女、提灯を掲げる追手たちの映像を交互に叩きつける。
大河内傳次郎が編み出したラグビー剣法、ピストルを握る伏見直江の妖艶さ。
飛び交う刀、硝煙、投げ縄、回転して斃れる捕り手、迫りくる戸板群の圧迫感!
唐沢弘光の手持ちカメラが間近で捉える大乱闘の臨場、スピードの迫力!

斬人斬馬剣(完全版) 伊藤大輔 

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黒澤明七人の侍に先駆けた農民一揆や侍の生き様などを取り入れた内容。
残された25分からも伝わる森、路地といった空間で繰り返される襲撃・不殺・問いかけ、馬にまたがるのは奪い返すため、疑心暗鬼を超え巨悪を打倒するため。
押し寄せる群衆、標的めがけ風を切り裂くように躍動する騎手と死にもの狂いで駆ける馬を交互に叩きつける爆走チェイス!撮影:唐沢弘光!
本作を見た後だと、黒澤隠し砦の三悪人の馬上における一瞬の攻防でさえ物足りなくなるほどの凄みがあります。

長恨(完全版) 伊藤大輔

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「長恨(幕末剣史 長恨)」
伊藤&傳次郎がはじめて組んだ「長恨」は二川文太郎&阪東妻三郎「雄呂血」に通じる愛する者たちを逃がすための自己犠牲。
10数分残る断片には御用提灯の津波が脳を揺らすようにめまいを引き起こし、髪を乱し狂ったように斬って斬って斬りまくり、手持ちカメラのブレが現す霞む視界と限界、雲霞の如く無限に迫る捕り手の群に飲み込まれる最期。

謎の人形師 志波西果

断片。障子を次々ブチ破りながら敵を斬り払っていく。
辻吉郎は「血煙荒神山も凄かったです。山の斜面における血戦と鉄砲!

決闘高田の馬場 伊藤大輔

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5分の断片が残るこれまた伊藤大輔の走って走って走って走って走りまくるスピード!
マキノ正博(雅弘)「決闘高田の馬場(血煙高田馬場)」とは微妙に違うんですよね。
マキノ版は阪東妻三郎の全力疾走を真横から捉え、ラストの大太刀回りはロングショットでした。
一方、伊藤大輔 版は傳次郎が真上から群衆をブチ破るように走る様子、ラストバトルもクローズアップとロングショットを組み合わせたもの。二つの刃を交差させる姿がカッコイイ。唐沢弘光。

一殺多生剣(完全版) 伊藤大輔
社会の矛盾を訴えた傾向映画を代表する作品の一つ。
26分残るフィルムもこれまた圧巻のクライマックス。唐沢弘光。

下郎 伊藤大輔

武士社会における忠義への疑問と問いかけを描いたとされる作品。後に「下郎の首」「その首一万石」と二度に渡ってリメイク。
伊藤は他にも丹下左膳 第一篇」の戦いの場に現れる白頭巾・45分残る街並みや美術へのこだわり、
2分残る丹下左膳第二篇剣戟の巻」
「続大岡政談 魔像篇」のぬうっと抜き放つ刃と高笑い、
「続大岡政談 魔像-解決篇」の障子に跳んだ血痕と扇子で振り下ろされる刀と鍔迫り合い・顔に奔る一閃、
「素浪人忠彌」のなだれ込む群衆と御用提灯、黒々とした肌とギラついた眼光、超高速で走り回る槍さばき、迫りくる戸板は槍で空に放られる、
「興亡新選組池田屋における乱刃とピストルの一撃、
「旅姿上州訛」国定忠治山形屋での死闘。回転しながら抜刀と飛び交う人、吹きすさぶ風と花吹雪、提灯の火、額の血、
月形半平太のサーチライトのように闇夜を飛び交う灯り、
丹下左膳 剣劇篇」の左膳の迫力、 
1932年・大河内傳次郎「薩摩飛脚」における街道での戦闘を上から捉えるショット・土手に倒れ転げ落ちそうになる刺客、
市川右太衛門・1938年版の86分残る「薩摩飛脚」…等々。

磯の源太・抱寝の長脇差(完全版) 山中貞雄
断片。感想については→磯の源太怪盗白頭巾 山中貞雄へ。
当時「鳴滝組」を結成し時代劇の革新を押し進めた監督の一人だった山中貞雄
ほぼ全編現存する丹下左膳」「人情紙風船をも凌ぐ作品がゴロゴロあったと言うんですから。
その伝説は詳細なディティールが記録された岸松雄の著作群、場面場面に言及した加藤泰「映画監督 山中貞雄等で伺うことができます。
断片は他に鼠小僧次郎吉・中篇 道中の巻」の瓦屋根の上での取っ組み合い追跡、
「関の彌田っぺ」稲垣浩と組んだ作品で押し入る集団に物をぶちまけて戦闘開始の乱闘、関所での対峙と決闘・横なぎを跳んで回避、
大菩薩峠 甲源一刀流の卷」稲垣浩と組んで奉納試合、道場、稲垣が演出した街道や群衆が見守る原っぱにおける対峙・抜刀して密室を斬り刻み炎に包まれる最期。
他に原案「その前夜(萩原遼)
脚本「戦国群盗傳(滝沢英輔)水戸黄門 血刃の巻(荒井良平)東海道は日本晴(滝沢)右門捕物帖六番手柄・仁念寺奇談(仁科熊彦)
断片として残る
襖を利用した斬撃「怪盗白頭巾」
捕り手たちと海岸で斬り結び弾けるように燃える松明「海鳴り街道」
「風流活人剱(風流活人剣)」
仔犬の目線で捉えられた国定忠治
「関の弥太ッぺ(関の弥太っぺ)」等。
失われたその他の作品ついては山中貞雄作品集」も必見。
山中だけでなく、この時期の日本映画を極めたい方は溝口健二伊藤大輔といった映画監督の作品集(脚本)もオススメです。

街の入墨者 山中貞雄
これも凄い作品だったそうですが、残念ながら「街の入墨者」は断片すら現存しておらず。

狂恋の女師匠 溝口健二


淀川長治さんが溝口健二の最高傑作」と評していたサイレント時代の傑作群。
特に狂恋の女師匠」は村田実の「街の手品師」等と共に日本で最初に海外に輸出されたフィルムの一つで、国内に無くとも海外に現存する可能性がまだ残っているそうです。
同時に日本最古のホラー映画の一つでもあるとか。
上記の溝口作品等を飾った梅村容子の若き日の現存フィルムは、辻吉郎の「血煙荒神山等で確認することが出来ます。


唐人お吉 溝口健二


浪花女 溝口健二
トーキー時代に溝口健二が撮ったという作品。「残菊物語」をも凌ぐ傑作だったらしいです。若い頃の田中絹代はとにかく良いですね。

浪人街シリーズ(南光明 版) マキノ正博(雅弘)

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日本映画の基礎を作り上げたマキノ一家のマキノ正博(雅弘)が父のマキノ省三(牧野省三)たちと作り上げ、「忠次旅日記」と共に日本映画に革命をもたらした「浪人街」シリーズ。
現在は「第一話 美しき獲物」が8分、 「第二話 楽屋風呂 第一篇」「楽屋風呂 解決篇」を合わせた総集編が72分。
それでも第一話のクライマックスの大立ち回り!
「おのれッ裏切ったなッ」 「馬鹿ッ表返ったのぢゃわッ!」
裏切るを“表”返ると言ってしまうマキノ正博(雅弘)、そして脚本を務めた山上伊太郎の粋なこと。
撮影を務めた三木稔(三木滋人)が捉えるグルグル敵を囲むように激しく動き回るフルスピードの斬り合い。たった一人でまるで罪滅ぼしでもするように多数の敵を引き受け壮絶に散っていく義侠心。

蹴合鶏 マキノ正博(雅弘)/マキノ省三


「浪人街」に並ぶ傑作とされた作品の一つ。

浪人街(1939年) マキノ正博

「浪人街」最初のリメイク。

酔いどれ八萬騎(1951年) マキノ正博

「浪人街」二度目のリメイク。
現在、まともに見られるのは1957年版の三度目のリメイクのみ。でも、コレはコレでやっぱり好きです。本当に火花が散るような殺陣とか、ファンには充分すぎるほどお腹いっぱいになる傑作だと私は思っております。サイレントの方も物凄く表情が活き活きしているんですよ。このリメイク版も男たちの眩いばかりの笑顔がたまりません。
マキノ省三「本能寺合戦」雷電(完全版)」も何処かに無いものでしょうか・・・。 

首の座 マキノ正博
父・マキノ省三が生前温めていた企画を映画化したこれまた最高傑作とされる幻の作品。
省三は映画の完成を待たずにこの世を去ってしまい、今を生きる我々にとっても未だ見る事の適わない映画です。

崇禅寺馬場(完全版) マキノ正博

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マキノ省三「浪人街」よりも絶賛していた作品で、この頃から既に女優による大立ち回りが盛んに行われていた事に注目したいです。
32分残るフィルムに刻まれた短刀から水桶まで振り回し、立てかけられた細木を倒しまくり、砂をかけ、拳銃までブッ放す死に物狂いの抵抗!
マキノ雅弘サイレント映画は他にもメロドラマ「白蘭の饗宴」等まだまだ失われた傑作が多すぎます。それでも、全盛期から晩年の実に50年以上も第一線で活躍し続けたマキノ雅弘
映画界から引いた後も、舞台やTVドラマの分野でさらに20年以上業績を残す。
マノエル・ド・オリヴェイラほどじゃありませんが、世界映画史上においても大変息の長い映画監督の一人です。

限りなき前進(完全版) 内田吐夢
当時の検閲で結末が変更されています。
現存フィルムだけ見ても凄い作品だと思いますが一体完全なフィルムがどれだけ凄かったのかは未だ未知数。
あと轟雪子が初々しくて超可愛いです。

(完全版) 内田吐夢
これまた淀川を始めとする多くの映画人を熱狂させたという完全版。
最初と最後のフィルムが失われています。

マチュア倶楽部 トーマス栗原(栗原トーマス)

淀川が大絶賛していたこれまた幻の作品。
トーマス栗原の作品そのものがほとんど現存しておらず「成金」が29分だけ残るなど現時点で正当な評価が不可能な監督の一人です。

葛飾砂子 トーマス栗原

蛇性の婬 トーマス栗原


彼をめぐる五人の女 阿部豊
ハリウッドで学び帰国し当時は阿部ジャックとしても活躍した阿部豊。トーマス栗原やヘンリー小谷らと共にモダンかつハイカラな内容で一世を風靡したそうです。
増村保造市川崑「足にさわった女」が霞むほどの作品だったとか。

足にさはった女 阿部豊


陸の人形 阿部豊

一本刀土俵入り 衣笠貞之助


淀川いわく「日本のセシル・B・デミルと称された衣笠貞之助トーキー初期の傑作。
その冴え渡った演出は伊藤大輔にも迫る勢いだったとか。淀川もこの作品で衣笠貞之助の熱烈なファンになりますが「狂った一頁(狂つた一頁)」「十字路」「大仏開眼(大佛開眼)」で幻滅したとか

天一坊と伊賀亮(天一坊と伊賀之亮) 衣笠貞之助/マキノ省三

20分現存。

二つ燈籠 衣笠貞之助

弥太郎笠 稲垣浩


これまた失われた時代劇。
上記の衣笠貞之助の時代劇に並ぶ傑作だったそうな。

海を渡る祭礼(完全版) 稲垣浩

現在29分の断片のみ現存。

何が彼女をさうさせたか(完全版) 鈴木重吉

 芸術と様々なメッセージが刻まれた傾向映画を代表する一本「何が彼女をさうさせたか(何が彼女をそうさせたか)」
彼女が如何にして或る行動に出たのか、胸に迫ります。
飯にがっつきたくましく生きようとする少女、金によって豹変する態度、落ちた先にあった手紙が語るもの、サディスティックな団長とナイフの投擲が恐ろしいサーカスからの脱走、我慢の限界で障子に風穴をあけるぶん投げ、土砂降りの雨と決意、夜の浜辺と船の閃光。
冒頭とラストシーンのフィルムは未だ失われたままですが、それでもこの作品から伝わるものは色褪せない。欠如している部分が発掘されたら見たいっす。それだけで作品の締まりがまったく違います。

 街の手品師 村田実

 傾向映画に近い「路上の霊魂」が現存する村田ですが、もう一つの代表作とされる作品。
最初に海外に輸出された初期の作品の一つでもあるそうです。

国定忠治 牧野省三(マキノ省三)他 

元祖剣戟スター・尾上松之助伊藤大輔「忠治旅日記」を作る以前はこの人が国定忠治や忍者アクション等全ての時代劇の頂点にいたそうです。
残念な事に彼が出演したフィルムはほとんど残っておらず、真の評価が不可能な俳優の一人です。
フィルムは現在「渋川伴五郎」が大部分、忠臣蔵牧野省三「豪傑自来也が一部現存。

荒木又左衛門 牧野省三(マキノ省三)他


大都映画のフィルム 発掘されたら手当たり次第
戦前日本映画界に燦然(?)と君臨し、低予算かつ安定したB級映画を撮りまくった大都社
ストーリーなんか二の次、単純明快痛快な娯楽作品を量産して熱烈な支持を受けていたそうな。
例えばハヤブサヒデトのアクションを拝める現代活劇アクション「争闘阿修羅街」等々、どれもこれも素晴らしいタイトル詐欺で最高に馬鹿馬鹿しく楽しい作品ばかり。
特にハヤブサヒデトは七人の侍で野武士の頭領を務めた高木新平と共に戦前鳥人として名を馳せました。「怪傑ハヤブサを最後に映画から退いてしまい、現存するフィルムが少ないのは残念です。