溝口健二オススメベスト10

●概要

溝口健二と言えば、戦前から戦後にかけて数多の傑作・名作を残した映画史上に残る偉大な映画馬鹿の一人です。
女優に厳しくしすぎて後ろから斬り付けられるほど恨まれた監督はこの人くらい。それくらい真摯に映画と向き合い、命を賭けた人間でもあります。

58年の生涯で90本もの作品を手掛けましたが、現存するフィルムはたった36本しかないそうです。
むしろ36本も作品を見られると思えばこれほどありがたい事はありません。
あの故・淀川長治先生も狂恋の女師匠」に文字通り熱狂。
私も溝口健二にゾクゾクしてしまった者の一人として、多くの人に溝口映画を知って貰わなければなりません。
とはいっても36本
の中から10本に厳選するというのは大変難しい事です。
ですが、今回はあえて山椒大夫雨月物語といった作品は選ばないという硬い決意の元10本を選ばせていただきました。
七人の侍だけを見て黒澤明の評価を下してしまうように、雨月物語だけを見て溝口健二を評価してしまうのはもったいないと思いませんか?
 
そんなワケで、私が選んだ10本を紹介したいと思います。

溝口健二オススメベスト10

 瀧の白糸(たきのしらいと)
個人的に一番好きな溝口映画。
私が溝口に「ゾクゾクうっとり」してしまった思い出深い作品でもあります。
サイレント作品ではありますが、冒頭から目まぐるしく展開されるストーリーには若き日の溝口健二の野心と“動”のエネルギーに満ちた魂を感じられます。
「マリヤのお雪」でも見せた馬車の猛烈な疾走、短刀を握りしめる入江たか子の執念の一撃!この頃から船、船、船が出まくり。
今作は活動弁士版」「サイレント版」の二種類が存在しますが、「瀧の白糸」はラスト部分だけフィルムが行方不明で、その部分を弁士の説明で補った活動弁士版」を私はオススメします。
後に映像を修復した最長版」も出されましたので、機会があればソチラも。
ラストを描かないサイレントで楽しむか、弁士の名演説でサイレント時代の雰囲気を楽しむかは貴方次第。
フィルムの状態はけして良好とは言えませんが、画面が荒くとも凄味が伝わってくる衝撃。
姉妹作「折鶴お千」もオススメ。

残菊物語(ざんぎくものがたり)

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冒頭のロングショットの連続で一気に引き込まれる芸道もの。
夜空に打ち上げられる花火、やぐらの演目から始まる物語、積み重ねられたものが舞台上で大爆発していく立ち回り、夜における風鈴の神秘的な響きと二人の歩み、動き出す列車、川を流れる船が運ぶのは栄華か死にゆく者の魂か、別れの一礼。
歌舞伎の舞台裏を通して見えてくる現代に通じるテーマ、男心と女心を描ききったストーリー、独特のロングショットとカメラワークをご堪能あれ。
太鼓もドンドコ後押し。思い切り抱きしめてやりたいのに、抱きしめてやれない苦しみ。
言わない厳しさよりも、言ってくれる優しさが欲しい。

近松物語(ちかまつものがたり)

許されぬ立場の逃避行を描いたコレまた溝口最高の一本。溝
口健二入門にも打って付けです。
冒頭から太鼓の力強い響き、込み入った店の中へ入り出そろう男女たちの仕事風景、金をめぐり巻き込まれ狂わされる運命、袖の方から腕を入れまさぐろうとするエロ親父、磔にされた人々が語るもの、開け放たれた扉、「残菊物語」が抱かない映画なら、この映画は抱いて抱いて抱きしめる。
船上で抱き合う瞬間に魂が震えてしまいます。
髪を乱し森の中まで追いかける抱擁、一軒家に隠れ・残された者たちの孤独、男女を繋ぎ止める手、手、手。
ストレートなメロドラマではありますが、次第に“生きたい”と願う生存本能に目覚める男女、ラストの死の匂いを微塵も感じさせない二人の姿は溝口にしか撮れない映像です。

西鶴一代女(さいかくいちだいおんな)
一人の女性の壮絶な半生を描いた執念の一本。
個人的に溝口作品における田中絹代はあまり好きじゃないんですが(「流れる」「簪(かんざし)」の自然体が一番好き)、この作品の田中絹代の演技はとにかく凄い。
といっても、前半は若い女性役に無理があります。それが後半に歳月を重ねていくことでどんどん馴染む、馴染む、馴染むのです。三船敏郎の別人としか思えない熱演にも注目。
仏像の群れの一つ一つを見て思い出す過去の男たち、一人の女のために愛し、弄び破滅していった魂たち。そして時代の波に激しく晒されても最後まで希望を捨てなかった女の生き様、ココにあり。

祇園の姉妹(ぎおんのきょうだい)
近代化が進む日本のリアルな女性像に迫った作品。
和服の帯で締め付けられるような抑圧、洋服を自由に着込み家で開放的に過ごす場面の対比。
酒に酔わせて誘拐、男をめぐる決別と再会、逃げ場のない車内の閉鎖空間、袋叩きにされ重傷を負ってもめげない強靭さ。

浪華悲歌(おおさかえれじい)

祇園の姉妹と同じ時期に撮られた作品ですが、私はコッチの方がゲラゲラ笑えて好きです(え?辛辣すぎて笑えない?)
ネオンの点滅が彩る近代社会に生きるリアルな女性像、何度こっ酷い目に遭おうとめげない頑強な女たちを描いたコメディ。
空気が重くなっていく朝食と夕食、胸元への名刺は川に投げ捨て、ガラス越しの会話、男を見せつける戸の開閉、ホラー地味た黒い影の出入り、劇場における遭遇と物凄い剣幕でブチ切れる奥さんと逃げ出す男たち、水面を見つめ橋の上での決別。
ヒロインが自業自得で見捨てられまくる様は畳み掛けが凄すぎてシュール。
兄と妹の冷え切ったワン・ツーパンチで笑うなと言う方が無理です。若き日の山田五十鈴が美しいこと。
この作品と祇園の姉妹は是非ともセットで。

愛怨峡(あいえんきょう)
タイトルからしてドロドロとしたメロドラマの匂いがしますが、コレは最高のタイトル詐欺です。
家の中を流すように映し、疾走する列車から市街地、ネオンを捉えるキャメラ
衝撃的な再会、赤ん坊を寝ずに看病、客が入らなくとも踊り続けるキャバレー、譲り渡すための取っ組み合い。
一人で生きる決意をし成長する女性おふみ、溝口作品でも屈指の男の中の男ヨッちゃんの男気に痺れます。
兄貴と呼ばせて下さいヨッちゃんの兄貴!
中盤の夫婦漫才は山場であり伏線でもあったんですね。
こういう作品ほど溝口健二の女性に対する情を感じられる作品はありません。
溝口作品はヒロインの死傷率&不幸のサンドバック率が尋常じゃない事でも敬遠する人が多いと思いますが、本作は珍しくハッピーエンドに終わる作品で私の大好きな作品の一つ。
あえてハッピーだとネタバレしてしてしまいましたが、そうでも言わないと誰も見てくれないくらい溝口作品は残酷なんです(褒め言葉)
最初20分は少し退屈に感じるかも知れませんが、その20分の丁寧な掘り下げが残り時間を最高のクライマックスへと誘ってくれます。

祇園囃子(ぎおんばやし)

舞子としての修行に励む少女と花柳界で力強く生きる女性の世代間を描く作品。
若尾文子ロリレベルで若い。
これが「赤線地帯」で最高に化けるのでビックリです。木暮実千代も大人の香り。

赤線地帯(あかせんちたい) 

溝口の遺作。しかしこれほど若さとエネルギーに満ちた遺作があるものでしょうか?
売春婦問題に深く切り込んだ辛辣な描写は「夜の女たち」の方がエグいですが、様々な女性の人間模様を描くコチラから見て欲しいです。
赤ん坊を抱く母親が机の下では股を広げて座り込む場面とか、死んだ方がマシだと思いたくなるような場面も強烈。
情緒不安定なBGMはそんな女性たちの不安に満ちた心情を音で表しているのかもしれません。
女を侮ったツケ、男を侮ったツケ、両方の痛み。

雪夫人絵図(ゆきふじんえず)
溝口映画随一のフェチズムに溢れた官能的なタッチで女の情念を描く作品。
これは戦前の旧華族制度を頭に入れておくとより楽しめる作りとなっています。
二人の男の間で揺れる煮え切らない女心。

+1:折鶴お千(おりづるおせん)
基本的には「瀧の白糸」の焼き直しと言えるサイレント作品ですが、ファースト・シーンから過去を回想するように流れるストーリー、中盤の勧善劇と衝撃的なラストは目を見張ります。
剃刀を引き抜き振り回す山田五十鈴がとにかくカッコイイ・・・!
好きな女性から「魂をあげます」なんて言われたら誰だって骨抜きになりますよ。溝口作品でも屈指の名ゼリフ。
この作品も活動弁士版とサイレント版がありますが、ラストの余韻はサイレントの方がより衝撃的かも。
幻を斬る様子は後の雨月物語に繋がる演出。

●その他10本

山椒大夫(さんしょうだゆう)
またの名を安寿と厨子王。これも溝口最高の1本として知られる作品です。
混沌とした平安時代末期に必死に生きた兄妹の物語。
船は旅立ちと別れの象徴、湖の場面なんてもう・・・。濁った沼よりも、澄んだ湖の方が恐ろしい。

雨月物語(うげつものがたり)
コレも溝口健二の代名詞の一つ。
平安の匂いが漂う混沌とした戦国時代、運命に翻弄される男女四人、船は先に旅立った者と出会う、そして妖艶な美女(演出のせいで完全に妖怪)溝口健二本人は散々不満を洩らしていましたが、日本映画史に残るテーマを持った怪奇幻想絵巻。
森雅之京マチ子のコンビは羅生門でもありますが、どちらかと言えば羅生門の方がまだ可愛気があった気がします。

名刀美女丸(めいとうびじょまる)

 一本の日本刀造りに命を賭ける鍛冶師とその妻の戦いの日々を描く。
山田五十鈴が剣道着姿で竹刀を振るうだけでも私は満足ですが、幕末~明治にかけた激動の時代、戦火の中で父の仇と巡り合い戦う姿の力強さよ!

新・平家物語(しんへいけものがたり)
吉川英治の原作を映画化した大河歴史ロマン。
迫力の空撮、従来の暴君としてではなくあくまで民を思い戦う覚悟を決めた一人の人間として平清盛を描く。自分は何者なのか?を追求した清盛の自分探し、己との戦い。
この作品が後の仲代達矢主演の「新・平家物語に繋がったと思うととても重要な作品ですね。
合戦のシーンは皆無です。あと小暮実千代のおっぱ(ry

武蔵野夫人

 田中絹代シリーズ。
円谷英二も参加した家庭教師との道ならぬ関係、中産階級の没落を真正面から描く作品。

夜の女たち(よるのおんなたち)
戦後の混乱を女性から描こうとした問題作。
余りに辛辣すぎる描写は時折目を背けたくなりますが、どんな逆境にも「負けてたまるか」と力強く生きる女性像は凄味を感じられます。
鉄格子を梯子にして、有刺鉄線がめぐる壁を登り突破しようとするシーンとか。

噂の女(うわさのおんな)
イヴの総ての邦訳とも言える女の怖さを描きまくった、和と洋が共存する日本文化描写の真骨頂。
ローマの休日オードリー・ヘップバーン張りの久我美子VS田中絹江による熾烈な女の戦いが見所。


楊貴妃(ようきひ)
溝口作品の数少ないカラー作品の一つで、本格的な作り込みの和製中国映画。
森雅之の出で立ちと京マチ子の美しさ、中国の観光PVとしても勉強になります。

元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら) 前・後編
あえて「討ち入り」を描かない忠臣蔵
命を賭して戦った赤穂浪士たちには焦点を当てず、あくまで赤穂浪士たちを支えた女性たちの情感・武士社会に翻弄された人々の人間ドラマを追求した作品。
男装してまで潜り込む懇願。討ち入りした後に広がる“静”の中の“動”(修羅場の後)で物語ろうとする趣向は、後に黒澤明「赤ひげ」「影武者」でその試みに挑んでいます。
本編は前・後編と2本ありますが、ここでは1本の作品としてカウントいたします。
●フィルムが発掘されたら是非とも見たい作品7本
狂恋の女師匠(きょうれんのおんなししょう)
あの淀川長治が熱狂した伝説の作品で、最初に海外に輸出された最初の日本映画の一つ。
女師匠ともう一人の間で揺れる三角関係、ラストの怪談じみた恐ろしい演出は雨月物語よりも凄かったとか。
詳細は淀川長治「映画は語る」にてお確かめを。
せめて脚本だけでも読みたい方は溝口健二著作集」がベスト。スチール写真を見ながら脚本で映画の内容を想像する…さながら小説のような楽しみ方です。
海外の何処かの映画倉庫に眠っている事を切に願います。

日本橋(にほんばし)
伝説の作品その2。
半裸になった女性が「おまえは熊だ!」と男に騎乗して乗り回す作品だったとか(現在激しい誤解を植え付けようとしています)。
真相は是非とも「映画は語る」で。

唐人お吉(とうじんおきち)
伝説その3。
石を投げる人々に向って「おまえらコレが欲しいんだろ!」と米俵から米をブチまける映画だったそうです。何それスゲェ見たい。
しかし4分間だけですがフィルムが現存しており、著作権もフリーですので貴重なスチール写真と共にフィルムセンターやネットで御覧下さい。
真相は「映画は語る」(ry

紙人形春の囁き(かみにんぎょうはるのささやき)
 溝口健二最初の傑作と言われる作品。
田中栄三の神がかった脚本と溝口演出が功を奏した作品だそうですが、コレもフィルム無しだとか・・・。

浪花女(おおさかおんな)
「残菊物語」「芸道一代男(行方不明)」に並ぶ芸道三部作の一本。
溝口と絹代が初めてタッグを組んだ作品で、溝口映画でも最高のハッピーエンドに終わる作品だったとか。
溝口の最高傑作の一つと言われた作品だそうですが、トーキー時代なのにフィルムが残っていないだなんて・・・ジーザス!!

813(はちいちさん)
アルセーヌ・ルパンを翻案した意欲作。
この頃の溝口健二はアクションやサスペンスのジャンルにも果敢に挑んでいたそうです。ああコレもフィルムが無いだなんて…見たいなぁ。

血と霊(ちとれい)
当時話題となったカール・ハインツ・マルティン「朝から夜中まで」やローベルト・ヴィーネカリガリ博士といった表現主義の影響を受けたという作品。
この頃の溝口健二は本当にチャレンジ精神旺盛です。