黒澤明オススメベスト10

●概要

黒澤明と言えば戦前から戦後にかけて多くの傑作・名作・問題作を残してきた偉大なる映画馬鹿の一人です。巨匠だの神様だのそんな煩わしいレッテルなんざ取っ払うべきです。
むしろB級的感覚を持った素晴らしい監督としての側面をもっと評価されてもおかしくありません。

ここでいうB級とは、限られた予算でどれだけ上手くやりくりするか、あるいは短期間でどれほどテンポ良く撮影するか。
黒澤明の場合、後者が最も当て嵌まると思います。
晩年は大作を仕上げるのに時間を掛ける事がほとんどになりましたが、本来は複数の脚本を手掛け、映画を早々と仕上げる職人としての側面が黒澤明です。

例を挙げれば1945年に「續姿三四郎」「虎の尾を踏む男達(公開は1952年)、脚本「天晴れ一心太助
1949に静かなる決闘」「野良犬」、脚本「ジャコ萬と鉄
1950年に「醜聞」「羅生門、脚本「暁の脱走」「殺陣師段平
1952年に「生きる」「七人の侍(脚本の構想・執筆は52年末に開始)、脚本「荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻」「戦国無頼
1957年に蜘蛛巣城」「どん底と1年に2本監督・脚本を複数手掛けるなんて事は普通でした。

というより、一気に撮る(書く)・書く(脚本)のと時間をかけてじっくり撮る(映画)・書く(脚本)のバランスが優れていたんだと思います。

また、「赤ひげ」「天国と地獄」「悪い奴ほどよく眠る」「七人の侍」「生きる」「隠し砦の三悪人」「白痴」を除けば1965年までの作品は2時間弱・2時間以内の比較的コンパクトな作品ばかり。
もっと言えば、「赤ひげ」はオムニバス的とも言える複数のエピソード&前編と後半の2つに分ける事ができますし、
「天国と地獄」
は前半の誘拐犯との駆け引き、後半の捜査・追跡と分けられます。
七人の侍は2時間の前半と1時間30分の前・後篇として分けられていますし、ヴェネツィアの出品に合わせて2時間40分に刈り込まれたver.も公開されたという事実も忘れてはいけません。

あの大作「乱」「影武者」ですら、海外に輸出する際は幾らか刈り込まれたver.があったそうです。
七人の侍ほど時間が掛けられた黒澤映画もありませんが、この映画ほどどうコンパクトにまとめるか・どうしても長くなる場合どこで分けるかを研鑽した映画もないと思います。

それに残されたエピソードも面白い。
熱を入れすぎて自殺しかけたり(「白痴」)、
撮影後に多数の役者を自身も含めて病院送りにしたり(七人の侍)、
俳優を本気で殺しにかかり散弾銃を持って報復されそうになる(蜘蛛巣城)。
 
その他にもカメラの位置や細部への異常なまでのこだわり。小津安二郎が撮影部分を全部決めてしまうという独創的な人だったように、黒澤明も普通の映画とは違う何かを追及した監督の一人だと思います。
そんな話を知れば知るほど親しみと尊敬の念が出てくるってもんっです。
良い映画を撮る人は、どこまでも映画が好きな馬鹿にしか撮れませんよ。映画馬鹿にしか・・・!
 
また“動”の映画もあれば“静”の映画、時代劇、社会派ドラマ、サスペンス、野郎ばっかの映画、女の情念渦巻く映画と様々なジャンルに挑んだ人でもありました。

黒澤明で何が好き?」と聞けばその答えは千差万別。人によって好みがガラリと変わるオールラウンダーとしての見方も出来ます。

娯楽映画だけ好きな人もいれば、ドラマだけ好きな人、カラー作品を評価するor評価しない等々。凄まじいほどの取っ付き辛さ、ただその魅力に浸かると病み付きになってしまう味わい。こってりとした“男の世界・・・!”それが黒澤映画の醍醐味だと私は思うのです。

 黒澤明入門ベスト10

虎の尾を踏む男たち

黒澤映画最短となる1時間、そこに詰めこまれたミュージカル勧進帳を愉しむ時代劇。
黒澤映画入門に打って付けです。森の中を歌いながら突き進む山伏の列、関所における畳み掛け。
黒澤明もまた、戦時下に低予算の娯楽映画で研鑽を続け、意地でも作ってやらあと空襲を掻い潜り検閲のクソッたれどもと激突しながら映画を撮り続けた監督の一人でもありました。

天国と地獄

黒澤映画随一の密度を誇るサスペンス&刑事ドラマ。
前半の誘拐犯とのやり取り、後半の刑事たちの執念に満ちた追走劇、命よりも大切な金と子供の命の間で揺れる葛藤。
黒澤映画を象徴する“煙”が事件を解く鍵に。実際に新幹線を走らせて撮影されたスリリングな現金受け渡し場面は必見。
他に現代劇はヤクザ映画酔いどれ天使、和製フィルムノワールテイスト「野良犬」辺りがオススメ。

用心棒

ダシール・ハメット「血の収穫」を黒澤流に味付けした痛快娯楽時代劇。
放り投げた棒が決める行き先、西部劇さながらにデカデカと開けた宿場町、二大ヤクザ勢力をたった一人で振り回す謎の剣客、山中貞雄丹下左膳餘話 百萬兩の壺」髣髴とさせるユニークな登場人物とやり取り、一瞬の抜刀・斬撃・血に染まる死体の山。
伊藤大輔「新版大岡政談」大河内傳次郎が産み出したラグビー剣法を三船敏郎が戦後の時代劇に蘇らせる!黒澤明の殺陣へのこだわりはマキノ正博(雅弘)に脚本を託した「殺陣師段平」でも伺えます。
個人的には椿三十郎の方が面白くて好きなのですが、「用心棒」から先に抑えた方がより椿三十郎を楽しめる事間違いなしです。

前作「用心棒」を超える破壊力に満ちた娯楽時代劇。個人的に黒澤の最高傑作。
この映画はですね、最初に人を斬らずに打ちのめすシーンから始まるので凄く良い。ハワード・ホークスでいうリオ・ブラボー
全滅させるだけが、最後の一人までブッ殺すだけが戦いじゃないという事を教えてくれます。一騎打ちの決着を告げるように噴き出す血の雨。
いきなり密会から始まるファーストシーン、動き出すからくりを三十郎が振り回す!また、前作は人を斬る事に躊躇しなかったのに対し、今回は鞘に納まった刀を抜かせないためにあえてすべての殺しを請負う三十郎の戦い振り。
三十郎(三船敏郎)に散々振り回される室戸(仲代達矢)残酷物語。

黒澤映画のカラー作品で最も印象深い作品。
ロシアの雄大な自然の中で繰り広げられる猟師と探検家の友情、そして別れを描いていく壮大な冒険活劇。
黒澤映画の白黒が苦手という人も、この作品と「赤富士(オムニバス「夢」に収録)」から入門して見るのも良いかも。

ジョン・フォード三悪人」をベースに戦国乱世の混沌と軍資金を巡る娯楽活劇。
円谷英二も参加した造形、序盤の太平と又七の波乱に富んだ道中、中盤の軍資金を巡る戦いに巻き込まれていく物語。
しかし今作一番の見所は馬上での斬り合いと槍の唸り。
特に馬上での追撃戦はフォードやボリス・バルネットとは違う角度で馬のスピードを追求したド迫力。
伊藤大輔「斬人斬馬剣」におけるフルスピードの戦闘を思い出します。あと雪姫「ギャップ萌え」

ジャン・エプスタン&ルイス・ブニュエル「アッシャー家の末裔」へリスペクトを捧げた深き霧に包まれる幻想狂気。
コレまた円谷英二と組んだ城下町を廃した独特の様式、能の世界で塗りたくった奇々怪々の演出、ラストまで淡々と積み重ねられるドラマと緊張の連続。
その琴線を一気に解き放つかのような怒涛のクライマックス。
人一人を本気で殺しにかかった凄まじい映像をご堪能下さい(マジで本物の矢をドカドカ撃っています)。
おどるおどろしいは疑心暗鬼にかられた主人公の心の現れ。霧と共に消えて往く強者共の夢の跡。オーソン・ウェルズマクベスと見比べるのも面白いです。

平安時代或る殺人事件を巡り真相を探る法廷劇のような時代劇。
ファーストシーンの雨の凄さ。人々の騙し合いに満ちた心の闇が降らせているのかも。
これは芥川龍之介羅生門「藪の中」を先に読んどいた方が作品を理解しやすいかも知れません。
男のエゴ、女のエゴ、武士のエゴ、そして「4つ目の証言」に絡む人間のエゴイズム。何が嘘で何が真実か。あるいわ全て嘘なのか。
ラストの展開は黒澤明流の「それでも俺は人を信じたい」という問いかけなのかも知れませんね。
エリッヒ・フォン・シュトロハイム「結婚行進曲」が捉えた太陽の光を、宮川一夫キャメラが再び映し出す。

赤ひげ

時代のあらゆる“病”に侵された人々の交流と別れを描くヒューマンドラマ。
心と体の病に向き合う人々と主人公の成長を暖かく見守ります。


さあ今回のトリは堂々この作品!伊藤大輔「斬人斬馬剣」をはじめフォード駅馬車といった様々な作品にオマージュを捧げた娯楽時代劇。
2時間に渡り絆を深めていく侍と百姓たちのドラマ、ラスト1時間30分に渡る死闘、死闘、死闘!泥臭さ!壮絶さ!
アレクサンドル・ハンジョンコフセヴァストポリの防衛」で試みられたマルチカム撮影方が野武士との最終決戦で甦る…!
人間ドラマに重点を置いた造り込み、積み重ねられたドラマが一瞬の戦闘を爆発させる。
見れば見るほどハマリ込むその面白さ、ハマッたもん勝ちです。

●ブログ主のベスト

七人の侍 クライテリオン版・・・一本選ぶとすればやはり
椿三十郎・・・脚本、殺陣、仲代達矢残酷物語の神がかり
天国と地獄・・・刑事ドラマ大好きの私にはドストライク。仲代達矢たちがカッコイイ
用心棒・・・昼逃げ御免!
デルス・ウザーラ・・・カピターン!
赤富士(「夢」に収録された短編)・・・現代社会への皮肉が凄い
赤ひげ・・・癒しです(内容ハードですけど)
酔いどれ天使
・・・三船敏郎ツンデレ開眼、私の好きな女優も多いので
野良犬・・・泥にまみれて“色”が付くラスト、そこが良い
羅生門 デジタル完全版・・・個人的黒澤映画の締め

●黒澤映画、過去の作品へ挑もうという人向けの雑記

黒澤映画を象徴するアイテム:旗、風、雨、煙。
私のオススメ10本を紹介する前に…黒澤映画、引いては往年の名作にこれから挑もうという方に是非とも知っておいて貰いたい予備知識を御紹介いたします。 
◆字幕機能
黒澤映画に限った事では無いですが、古の作品は封切から50年以上たった作品も少なくなく、音がかすれていたり、激しい戦闘や早口で聞き取りづらかったり、難しい言葉や言い回しなどで作品を楽しみにくい人もいるでしょう。そこで字幕機能をONにすれば、その当時の雰囲気や台詞回しをより楽しめるかと思います。
私としては字幕を読むのではなく、アクションといった映像を見るということが映画の本質だと思いますが、セリフが多い映画はやっぱり聞き取れないと楽しめないかと。
映画は一回見ただけでは不十分。見終わった後で面白かったら見返せばいいし、気になったシーンだけでも繰り返して見るのも良いし。一回目は字幕で内容を頭に入れ、二回目、三回目以降は字幕なしで楽しめるようになれば幸いです(私も病み付きになった作品は平均5~10回以上は見ちゃったりします)。
◆「ドルビーサウンド」と「5.1サウンド
メニュー選択の「ドルビーサウンド「5.1リミックス」で当時の迫力ある音質を復活。
「ドルビー」機械的な補強、「5.1サウンド「オリジナル音声」に近い補強がされていてかなり聞きやすいです。特に七人の侍では公開当時に無かった斬撃音など、オリジナルと新規音声の違いを楽しむ事ができます。斬撃音そのものは「用心棒」から導入されていましたが、音の違いがハッキリとしています。
「用心棒」にも「オリジナル音声」を含めて3種類の音がありますが、コチラは是非とも公開当時の斬撃音を聴き味わえる「オリジナル音声」でお楽しみ下さい。
◆今の時代だからこそ「白黒映画」の良さを味わう
今でこそ映画はカラーが当たり前の時代で、白黒映画は取っつき難いという人もいるでしょう。しかし漫画や小説も元来は白と黒の世界しかなく、表紙やポスターのカラーをイメージしながら作品を楽しむのが醍醐味でもあります。白黒映画には想像力を掻き立てる「何か」があるのです。色を想像できるからこその恐怖と興奮。
◆クライテリオン版DVD

現存する黒澤映画は全てDVDで入手やレンタルできますが、その中でも画質と音質が飛び抜けた「クライテリオン版DVD」の存在をご存知でしょうか?
これはアメリカで公開されたフィルムをレストアし、超ハイクオリティにリマスタしたDVDで「今その場で撮ってきた」かのようなみずみずしさと空気を内包しています。
残念な事に「クライテリオン」は外国版しか発売されていませんが、超クリアな音と映像で黒澤映画を楽しみたいという方はamazonなどネット販売で流通しておりますので興味がある方は奮ってググッてみて下さい(あえてリンクは貼りません)。